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旭川地方裁判所 昭和47年(む)288号 決定 1972年9月08日

主文

本件準抗告の申立を棄却する。

理由

一、本件準抗告申立の趣旨は、別紙昭和四七年九月六日付旭川地方検察庁検察官千葉健夫作成の準抗告申立書記載のとおりであるから、これを引用する。

二、そこで、本件勾留場所変更の命令は、法律上の根拠を欠く違法、無効なものであるとの検察官の主張について判断する。裁判所が職権で勾留場所を変更できるかどうかについては、刑訴法および同規則に規定はない。しかし、刑訴法が勾留状が執行されたのちにおいても裁判所(官)が職権によつてその勾留を取消したり執行の停止をする権限を認めていること(同法八七条、九五条)に鑑みると、勾留の執行は法的安定性を要する通常の裁判の執行とはいささか趣きを異にし、刑訴法は、罪責の確定していない者の身体の拘束に関する事柄であることを重視して、勾留状発付後の事情の変更により勾留の裁判がその一部においても適正を欠くに至つたときは、これを変更する権限を裁判所(官)に与えていると解される。そして、勾留状を発付するときは裁判所(官)が勾留の場所を定めなければならないとされていること(同法六四条)をも考慮すると、裁判所(官)は勾留の場所についても勾留状発付後の事情の変更により、勾留状に指定された場所が勾留状が勾留場所として適当でないと認めるに至つたときは、勾留の裁判の一部取消と勾留場所の新たな指定である勾留場所の変更を職権によつても行なうことができると解するのが相当である。検察官は、刑訴規則八〇条、二四四条、二六五条は裁判長(官)の同意による移監以外の形式による移監を認めない趣旨である、と主張するけれども、右の各規定は、被告人の移監が比較的頻繁に行なわれ、かつ、迅速に行なわれる必要のあるところから、検察官に対して簡易な方法によつて移監する権限を認めた規定と考えられ、右各規定の存在は前記のように職権による勾留場所の変更を肯定することの妨げになるとは考えられない。かえつて、右のような規定が規則にあることは、法律が裁判による勾留場所の変更を禁止していないと解しうる根拠とすることができるであろう。なんとなれば、移監についての同意の効果は、勾留の場所という勾留の裁判の一部の変更を来たすのであるから、法律がかかる変更を認めていないとすれば、規則が裁判官の同意による移監という手続を定めることは許されないからである。

三、そこで、本件について、前記のごとき事情の変更があつたか否かについて検討する。一件記録によると、被告人は本件勾留の原由となつた窃盗および詐欺の二つの事実と、ほかに五つの窃盗の事実によつて昭和四七年九月六日付で旭川地方裁判所に起訴され、右の五つの窃盗の事実についてはいわゆる求令状があつて同裁判所裁判官から同日付で旭川刑務所を勾留場所とする勾留状が発付されていることが認められる。そうすると、本件においては、公訴の提起という事実が発生しているところ、起訴前についてはともかく、起訴後においては、実務がそうであるごとく、拘置所を勾留場所とするのが原則であると解され、起訴後も引き続き代用監獄に留置しておくためには特段の事由の存在が必要であると考えられる。本件については、さきにみたとおり、勾留の原由となつた事実全部について起訴がなされており、一件記録の中にも右の特段の事由をうかがわせるものは存しない。かえつて、本件においては、九月六日付勾留状の勾留場所が旭川刑務所と定められた(この場所の指定が違法不当であるとは認められない)ので、本件勾留の場所もそれに合わせる必要があつたと考えられる。また、原裁判は、被告人が九月六日付起訴状記載の公訴事実とは全く別の殺人の事実について、長時間にわたりきつい取調べを受けていると訴えていることを理由に勾留場所を変更しているが、この点も理由なしとすることはできない。被告人の訴えのうち、長時間にわたるか、きつい取調べかは、別として殺人の事実について調べられているという点は信用してよいと考えられる。そして、勾留の原由たる事実以外の事実についての被告人の取調べは被告人が任意に取調べに応ずる場合にのみ許される(勾留の原由たる事実については供述拒否権はあつても取調べに応ずる義務があるのとは異なる)のであるから、被告人が前記のような訴えをしていること自体被告人の意に反する取調べが行なわれる蓋然性をうかがわしめるということができ、かかる事情も、裁判所が前記の職権を発動すべき理由に該当すると解することができる。

四、以上の次第であるから、勾留場所を旭川警察署留置場から旭川刑務所に変更した原裁判には違法不当のかどはなく、本件準抗告は理由がないから、刑事訴訟法四三二条、四二六条一項により主文のとおり決定する。

(佐藤文哉 山崎健二 浅野正樹)

準抗告申立書

窃盗・詐欺         ○○○○

右被告人に対する頭書被告事件につき、昭和四七年九月六日、旭川地方裁判所裁判官沢田経夫がした勾留場所変更の裁判に対し、左記のとおり準抗告を申し立てる。

昭和四七年九月六日

旭川地方検察庁

検察官検事 千葉健夫

第一、申立ての趣旨

右被告人につき昭和四七年八月二八日、旭川簡易裁判所裁判官広川和夫が発付した勾留状記載の勾留場所である旭川警察署留置場を、旭川刑務所に変更するとの頭書裁判は、違法、無効のものであるから、右裁判の取消しを求める。

第二、理由

本件裁判は、勾留状執行後の勾留場所の変更に関する現行法の建前に反し、法が許容していない裁判機関による裁判執行への不法な関与であつて、到底、許るされざる違法なものである。

検察官は、本日、旭川地方裁判所に対し、公訴を提起した伊藤勝視に対する窃盗および詐欺被告事件に関し、勾留状の発付を求め、その勾留場所を旭川警察署留置場にすべきとの意見を述べたものであるが、この勾留の裁判に際し、昭和四七年八月二八日、旭川簡易裁判所裁判官広川和夫が発付した勾留状記載の勾留場所を権限で、前記第一記載のとおり変更したものである。

もとより、勾留場所は、勾留の裁判の内容であるが、右裁判官広川和夫の発付した勾留状は、発付の日に執行されているものであり、本件変更の裁判は勾留状執行後における裁判の変更と解すべきである。しかして、裁判の変更は、法に特別の規定がない限り、裁判官といえどもなし得ないものであるところ、現行法上、勾留状執行後の勾留場所の変更に関しては、裁判官が請求により又は、職権で変更し得るとの規定はなく、たかだが刑訴規則八〇条により検察官の移監に対する同意という手段によつてのみ、その移転をなすことの関与を行ない得るに過ぎないのである。

刑訴規則八〇条および上訴の場合の移監に関する規則二四四条、二六五条を総合すると、勾留状執行後の勾留場所の変更は、執行機関たる検察官の判断に基づき、その判断と責任においてこれを為さしめ、裁判官は、その同意、不同意という受動的な形でのみこれを規制し得るものとして、裁判機関が裁判の執行に関与し得る場合を制約しているものと解すべきなのである。司法的抑制も法定の手続にのせて行なうべきであること、論をまたないところであり、この点、職権でなし得ることを明記している勾留取消、勾留執行停止の場合と同視することはできないばかりか、むしろ、かかる明文の規定があることは、それ以外の場合には、職権で執行に関与することを禁じていることを示すものというべきである。

又、本件変更の理由として、「被告人が勾留事実とは全く別の殺人の事実について、長時間にわたり、きつい取調を受けていると訴えていること」のみをあげているが、これは、被告人の訴えのみを過信したものであり、裁判官の捜査機関に対する偏見にもとづく独断であつて、極めて不当な判断であると云わざるを得ない。

要して、本件裁判は、裁判機関が法の根拠なしに、裁判の執行機関の執行自体に関与した違法・無効なものであるから、その取消しを求めるものである。おつて、検察官は、違法なる裁判ではあつても、その取消しのあるまでは、これを尊重せざるを得ないとの判断のもとに、本件裁判を執行し、被告人を旭川刑務所に移監した。

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